日本銀行は2026年6月、「気候変動関連の市場機能サーベイ」(第5回)の調査結果を公表した。今回調査ではESG債市場における新規発行が一服しつつある現状に加え、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)基準の適用義務化を受けた開示準備状況やトランジション・ファイナンスの国内外の動向に関する評価が大きな注目点となった。
気候変動関連の金融市場状況を把握
同調査は日本における気候変動関連の金融市場機能の状況や課題について、投資家・金融機関・事業法人など幅広い市場関係者の見方を把握する目的で2022年より継続して実施されている。今回の調査は2026年2月から3月にかけて実施され、金融機関、事業法人など951社・団体のうち473社・団体から回答を得た(回収率50%)。
気候リスクの価格反映、株価・社債ともに後退
気候関連リスク・機会が金融商品価格へ反映されているかを示す指標(DI)は、株価(+3)、社債価格(▲14)ともに前回調査(第4回)と比べてやや後退した。社債価格に比べて株価の方が相対的に反映されていると評価されているものの、企業間で開示情報の充実度に差があることが価格反映の足かせとなっている。
反映されていない要素として最も多く挙げられたのは、株価・社債価格ともに「物理的リスク」だった。大規模災害等の発生確率や損害影響の見積もりが難しいことが理由として挙がっている。
価格への反映がさらに進むために必要な要素としては、「気候関連リスク・機会を重視する発行体や投資家の広がり」を挙げる回答が最も多く、市場参加者の裾野拡大が引き続き不可欠とされている。
ESG債市場、新規発行額は減少もESG地方債は堅調に推移
気候変動関連のESG債市場では、直近1年間に発行・投資実績のある企業の割合は前回から概ね横ばいで推移した。一方で、2025年の国内ESG債の新規発行額は前年に続き減少傾向となった。大型案件の一巡感に加え、金利先高観や価格変動リスクの高まりから、機動的な資金調達が可能な一般社債での起債を優先する動きが背景にある。
発行条件面での優位性を感じないとする回答も増えているが、直近1年に発行した企業の約6割は何らかの優位性を感じており、発行額を大きく確保できる点を評価する声が多い。
こうした事業法人の新規発行が一服する一方、地方公共団体による「ESG地方債」の発行額は増加傾向が続いている。2023年に始まったグリーン共同発行市場公募地方債などをきっかけに、都道府県や政令指定都市の8割以上が発行実績を持つようになり、防災・減災対策や省エネ事業などの資金調達手法として定着しつつある。
トランジション・ファイナンス、政策的支援と国際的理解がカギ
2030年度に向けた気候変動対応の資金需要について、多排出産業を中心に事業法人の約半数が「大幅な増加を見込む」としており、そのうち約4割がESG債の活用を視野に入れている。特に脱炭素への移行段階を支援するトランジション・ファイナンスへの関心が高く、多排出産業での活用意欲が強い。
トランジション・ファイナンスの円滑な推進に向けて、発行体側は政策的な優遇措置やインセンティブ付けを求める割合が増加した一方、投資家側はグリーンウォッシング(見せかけの環境配慮)を回避。費用対効果を見極める観点から、国際的な理解の深まりや移行計画の適切な情報開示を期待している。
海外では、ICMA(国際資本市場協会)によるクライメート・トランジション・ボンド・ガイドラインの公表やEUによるサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)改正案での「トランジション」区分の新設など、移行金融の位置付けを明確化する動きが進んでおり、日本の先進的な取り組みが国際的にも見直されつつある。
SSBJ基準の開示義務化、制度の転換点と実務上の課題
2026年2月の内閣府令改正等により、一定規模以上の東証プライム上場企業を対象にSSBJ基準に基づくサステナビリティ情報の段階的な開示義務化が決定した。
適用が早期に義務化される大規模企業では、社内横断体制の整備やシステム導入によるデータ収集、マテリアリティ(重要課題)の特定など具体的な準備が進行している。投資家側もSSBJ基準によるデータの比較可能性向上や開示拡充に期待を寄せている。
しかし、実務面では課題も多い。特に海外拠点を網羅したScope 3データの収集負担、有価証券報告書の前倒し提出に伴う第三者保証取得の手続き負担などが発行体側の重荷となっている。単なる規制対応にとどめず、開示情報を企業価値向上や投資判断に円滑につなげるための市場全体での共通理解が求められている。
日銀、気候変動への対応や市場機能を継続的に把握
米欧を中心とした国際情勢の変化やルールの見直しが進むなかでも、日本ではトランジション・ファイナンスの推進やSSBJ基準の適用義務化など、一貫した政策対応が継続されている点が市場参加者にとって安心材料となっている。日本銀行は気候変動問題への対応に中長期的な視点が不可欠であるとし、今後も市場参加者の取り組みや市場機能の状況を継続的に把握していく方針だ。