中東地域における地政学的リスクの緊迫化に伴い、日本のエネルギーや産業基盤の脆弱性が改めて浮き彫りとなっている。米国とイランを巡る武力衝突に起因するホルムズ海峡の再封鎖の可能性はいまだに消えておらず、原油輸入の9割以上を中東に依存する日本の調達リスクは残る。原油価格やナフサ価格は一時急騰し、サプライチェーンの最上流に位置する石油化学業界に打撃が広がっている。
緊迫する中東情勢と露呈した「石油依存」の脆弱性
原油から精製される「ナフサ(粗製ガソリン)」は、プラスチック、合成繊維、ゴムなど、あらゆる日用品や自動車・半導体部材に至る基礎化学品の主原料である。中東産ナフサの供給急減は、国内のナフサクラッカー(エチレン生産設備)の採算を急悪化させ、北東アジアにおける石化設備の稼働率は大幅に低下した。政府は緊迫する中東情勢を巡る経済安全保障の観点から、石油の中東依存の脆弱性をカバーするための短期的な防衛策に加え、中長期的な「脱石油・脱中東依存」へ向けた構造転換を急いでいる。
政府の緊急対応とナフサ・化学製品の需給見通し
事態を重く見た経済産業省などの政府当局は、「中東情勢に伴う重要物資の安定的な供給確保のためのタスクフォース」を立ち上げ、機動的な対応を進めている。
短期的な供給途絶を回避するため、国は石油備蓄法に基づき、国家備蓄原油や産油国共同備蓄原油の放出を順次決定した。しかし、日本が保有する膨大な石油備蓄の大部分は「原油」であり、プラスチックの原料となる「ナフサ」そのものの国家備蓄は存在しない。
このため政府は、ホルムズ海峡を通過しない代替ルートからの原油・ナフサ調達に最大限注力。米国などからの調達量を前年比で大幅に拡大させることで、年を越えて石油供給を確保できる目途を立てた。
原料ナフサが不足しても国内サプライチェーンを破綻させないため、すでに国内に存在する「川中製品(ポリエチレン、ポリプロピレンなどの汎用樹脂)」の流通在庫(約2ヶ月分)を実効性高く取り崩す政策を展開。中東以外からの輸入加速と国内精製の継続により、少なくとも数ヶ月以上の国内需要を満たす供給体制を維持し、川下産業への急激な影響を緩和する「網の目」の対応を敷いている。
有力シンクタンク、「山の国資源」でバイオマスと水力のフル活用提言
今回の危機を受け、日本総合研究所やプラチナ構想ネットワークなどの有力シンクタンクは一過性の代替調達にとどまらない、真の経済安全保障として「国内資源の活用」を提言している。その中核となるのが、我が国の豊かな国土に眠る「山の国資源(森林バイオマス・水力)」の活用である。
石油化学から「リサイクル&バイオマス化学」への転換において、森林資源の活用は戦略的意義が大きいと期待されている。国内の森林から産出される未利用木材をチップ化し、酵素糖化発酵させることで、化石資源に依存しない「国産バイオエタノール」やバイオプラスチックの原料を量産する計画が動き出している。
プラチナ構想ネットワークの試算では、全国約800カ所で木質資源フル活用事業を展開すれば、化学品製造における二酸化炭素(CO2)排出量を大幅に削減できるだけでなく、年間数兆円規模の輸入削減効果と地方での巨大な雇用創出が期待できるという。
また、国土交通省が進める「ハイブリッドダム」政策も注目を集める。全国にある既存の治水ダムに最新の気象予測技術を掛け合わせ、豪雨予測時には水位を下げて治水機能を高め、晴天時には水位を上げて水力発電量を最大限に増やす柔軟な運用が進められている。
大型ダムを新規に建設することなく、既存インフラの高度化とかさ上げによって国内の水力発電量を倍増させるポテンシャルがあり、これにより生み出された準国産の電力を電気自動車(EV)や地域のマイクロデータセンターの電源に充てることで、劇的な脱石油依存が可能となる。
素材・エネルギーの自給に向けた官民の動向
すでに国内の主要産業では、官民連携による具体的な社会実装への動きが本格化している。
製紙業界では、王子ホールディングスや日本製紙、レンゴー、大王製紙などが自社の持つ広大な木材集荷ルートやパルプ製造設備をバイオリファイナリーへと転換する実証・商用化準備を急ピッチで進めている。木質バイオマスから製造された国産エタノールは、持続可能な航空燃料(SAF)やバイオ化学品の原料としての活用が前提とされている。
また、三菱ガス化学はTREホールディングスと提携し、国内の未利用木材や廃棄プラスチックをガス化して「グリーンメタノール」を製造する、日本初の商業規模の事業性検証に着手した。製造されたメタノールは、次世代の環境循環型船舶燃料やプラスチック原料としての供給網構築が進められている。
政府もこれらを強力に後押しするため、国家戦略特区(山の国資源特区)の推進や複数年度にわたる投資を可能にする「山の国資源ファンド」の設立、地方自治体が主導する「山の国地方債」の発行などを軸にした政策を検討している。
中東情勢の緊迫化は日本経済を長年縛ってきた石油依存からの脱却を促すとともに、国内の森林資源や水力、プラスチックのリサイクルを「備蓄資源」として捉え直すことの重要性を示している。