東洋経済オンライン

発火事故と航空規制で揺れるモバイルバッテリー市場──首位アンカーが選んだ次の一手

公開日時:2026/07/13

林 信行:フリージャーナリスト、コンサルタント

日本での累計出荷台数1億台に合わせるように、Anker Power Conference 2026でブランド再編と新しいロゴマークを発表したアンカー・ジャパン代表取締役CEOの猿渡歩氏(写真:筆者撮影)

スマートフォンをバッテリー切れから救うモバイルバッテリー。公共交通機関の乗り降りや飲食店での注文や支払い、役所での手続きや移動中のナビゲーションなど、生活のあらゆるシーンでスマートフォンが使われるようになるのに合わせて、今ではモバイルバッテリーそのものも生活インフラの1つになった。

しかし、ここ数年、相次ぐ発火事故の報道があり、今年からは飛行機内での利用や持ち込む数に関する規制が行われるなど、逆風も強く吹き始めている。

Anker Japan代表取締役CEOの猿渡歩氏。同社が参入したほぼ全カテゴリーでオンラインシェア1位を実現するのを牽引してきた(画像:アンカー)

モバイルバッテリー分野をリードするトップメーカー

このモバイルバッテリー分野の世界トップメーカーの1つで、日本でも圧倒的な出荷台数を誇るのがアンカー社だ。

元グーグルのエンジニアだったスティーブン・ヤンが同社を起業したのが2011年、日本法人の設立は2年後の2013年。その年から数えて14年で、日本国内での製品累計販売台数は1億台を突破した。全国民がほぼ1台はアンカー製品を持っている計算になるというのは、すごい実績といえよう。

売上高も前年から100億円以上を上乗せして過去最大の830億円を達成し、1000億円という大台が視界に入ってきている。

業界をリードしているのは業績だけではない。

アンカー社自身も、過去には製品のリコールや、発火事故に伴う自主回収などを行った失敗の経験もあるが、同社ではそうした過去ともしっかりと向き合って2026年2月には「つくる」「つかう」「すてる」というライフサイクル全体でリチウムイオン電池搭載製品の安全性や品質を見直す包括的な取り組みを発表するなど、信頼性向上に努め、製品に対して責任を持つ姿勢でも業界をリードし始めている。

5月の新製品発表会「Anker Power Conference 2026」では、その「つくる」フェーズにおける新しい答えとして、新バッテリーセル「ネオリチウムイオンバッテリー」を投入。

新製品発表会の後、アンカー・ジャパン代表取締役CEOの猿渡歩氏に業界の動向や同社の戦略について話を聞いた。2014年の日本事業部門創設から参画し、同社が参入したほぼ全カテゴリーでオンラインシェア1位を実現するのを牽引してきた人物だ。話はバッテリー戦略の今後から、災害対応、ブランド再編まで多岐にわたった。

アンカー社は2026年2月、モバイルバッテリーの安全性を「つくる、つかう、すてる」という製品ライフサイクルのすべてにおいて担う姿勢を打ち出した(写真:筆者撮影)

「セルがよければ安全」ではない──品質問題への向き合い方

猿渡氏の話に入る前に、業界全体の背景を整理しておきたい。リチウムイオン電池が発火しやすいことはアンカーが今回の取り組みを始めるはるか前から業界で指摘されていた。でも、だからこそ1991年頃にソニー・エナジー・テックが初めて商品化して以来、どのメーカーも事故が起きないように注意してきた。

それでも2013年にはボーイング社の787 ドリームライナー機体内で使用されていたバッテリーの発火事故があり、当時運用されていた全50機がしばらく運行停止になった。2016~2017年にはサムスンのGalaxy Note 7が発火する事故があり306万台がリコールされた。

ただ、そこまで発火事故は多くはなかった。最近、急速に事故が増加したことには複数の要因が絡んでいそうだ。

まずはそもそもモバイルバッテリーが一般化し利用者が増えたこと。また近年の大容量化(より小さく軽くを目指しながら、バッテリー容量を大きくしてきたこと)でよりエネルギー密度が高まったこと。そして、もう1つは、それに伴ってそれまで聞いたこともないメーカーによる無責任な粗悪製品が増えたこともありそうだ。

とはいえ、発火事故のニュースなどは、原因を「リチウムイオン電池」と一括りにするものも多く、すっかりリチウムイオンという素材だけが悪者にされてしまった感がある。このため業界では半固体電池やナトリウムイオン電池といった別の素材を採用し、安全性をアピールする会社が増えてきている。

しかし、「セルがよければ安全、私たちはそう考えていません」と猿渡氏は言い切る。

安全性とは、セルの素材だけでなく、セルそのものの品質、筐体の耐久性、ソフトウェアによる制御、そのすべてを兼ね備えた製品全体で実現するものだというのがアンカーの考え方だ。

「半固体のバッテリーセルを作るのは難しくはないんです。ただ、業界としても半固体と謳うための規制はなく、世の中に出回っているものには、3〜4パーセントだけ固体にして『半固体』と言っているだけのものもある。実質、そんなに安全性が高まっているかというと、そうではないものも中にはある」

メーカーが宣伝することで別の素材が安全なように思われてしまいがちだが、「代替素材には、現時点でまだ大きな課題が残されている」というのがAnker Japanの見立てだ。

第一に、実証実験の蓄積。リチウムイオン電池が世界中で積み上げてきた検証データに比べ、代替素材はまだ実証が十分でない領域がある。

第二に、使用環境と廃棄ルール。代替素材のバッテリーは、リチウムイオンのようには取り扱いや処分のルールが整備されておらず、航空機への持ち込みが制限されるものもある。

そしてもう1つ、これは安全面の話ではないが、代替素材は同じ容量でもサイズが大きく重くなりがちで、毎日持ち運ぶモバイルバッテリーには向かないという根本的な問題がある。

「リチウムイオン」を採用、かつ新しいバッテリー技術

こうしたことを考えて、アンカーが発表したのが新しいバッテリー技術「ネオリチウムイオンバッテリー」だ。名前の通り、「リチウムイオン」技術を採用したバッテリー技術になる。

「いろんなものが追いついていない中で代替素材に飛びつくよりは、既存の素材で一番安全性の高いものを作れれば、数としても世の中に出せる」。問題が起きたからといって看板だけ付け替えて商売を続けるのではなく、問題の本質に向き合い、それを解決して前に進もうというリーディングカンパニーならではの態度といえよう。

ちなみに上述したボーイング787とGalaxy Note 7も、事故後、問題を究明し品質を向上させるという同様の本質アプローチを取っていた。

モバイルバッテリーへの風当たりが強くなる中、アンカーは他のバッテリーセル技術に移行して批判から逃げるのではなく、問題の本質に向き合い、これまで追求してきたリチウムイオンバッテリーの安全性を一段高めることでモバイルバッテリーの製品としての魅力を損なわずに安全性も確保する道を選んだ(画像:アンカー)

「実用性と安全性、両方を取る」──新セルの正体

アンカーの新技術「ネオリチウムイオンバッテリー」、革新点は3つある。

1つ目は、不純物の徹底排除だ。セルの安全性を大きく左右する電極と電解液には、製造過程でごく微細な不純物が混入し、内部ショートの引き金になることがある。

新セルは正極での磁性異物の含有を667万分の1未満にまで抑え、電解液では水やフッ化水素の含有率を[極めて高い基準]で厳しく制限することで、発火の原因そのものを根本から断つ仕組みを実現したという。

2つ目は、長く使い続けても劣化しにくい安定性。充放電を繰り返すうちにセル内部に少しずつ形成される「デンドライト」は、業界が長年抱えてきた難題だが、負極の独自表面処理と電解液の配合最適化によって、この経年変化を大きく抑え込み、寿命が尽きるその日までこれまで以上に安心して使い続けられる品質を確立したという。更に、電解液の配合を最適化し、酸素の発生や発熱等を含むセル内部における副反応の進行も抑制している。

そして3つ目が、過酷な物理試験への対応だ。象徴的なのが「釘刺し試験」である。満充電のセルに直接釘を突き刺し、強制的に内部ショートを起こすこの試験は通過が極めて難しいAnkerのネオリチウムイオンバッテリーは第三者試験機関にて実施された試験ではこれを100%クリアしたという。135度の熱暴走試験や耐圧試験など、第三者試験機関での試験では複数の厳しい試験もすべて通過したとする。

実は、この釘刺し試験への対応こそが、これまで安全性と利便性のトレードオフを生んできた元凶でもあった。

「これまでは釘刺し試験を通すために、(バッテリーを)2倍くらいの厚みにしないと危なかった。そうすると携帯性がなくなってしまい、意味がない。その両方を、実用性と安全性をうまく両立できたのが今回の大きな点だ」と猿渡氏は語る。

発火しにくさを追えば重く大きくなり、軽さを追えば安全性が犠牲になる──その二律背反に、セルの内部構造そのものを改善することで答えを出したわけだ。

進化したのはセルだけではない。筐体には高い難燃性素材を採用し、万が一発火しても火を外に広げず封じ込める。

ソフト面では独自の新しいバッテリーマネジメントシステム(BMS)を開発し、セル一つひとつを秒単位で個別に監視。異常を検知すると製品本体を一時ロックしたり、強制的に使えなくしたりする機能を実装した。

使用回数が増えれば充電電圧を自動で調整し、これらの情報は専用アプリと本体ディスプレイで確認できる。冒頭の「セルだけで安全は語れない」という言葉は、こうして製品全体で安全を組み立てる思想そのものを指している。

技術的な裏付けについて、猿渡氏はこうも明かす。「従来同様のリチウムイオン電池をベースとして、内部構成の見直しにより発熱の原因と、結果としての発火を抑制している。なお、セルは中国の電池サプライヤー大手でiPhone向けの電池も手がけるATLものを使用しています」

ベースがあくまで実績あるリチウムイオンであることには、もう1つ見過ごせない利点がある。廃棄・回収のフローを、これまでとまったく同じものに載せられるのだ。

「ナトリウム電池などの代替素材には、リチウムイオン電池と同じ回収フローに載せられないものもある。そこは同じにしたまま、できる範囲で安全性を突き詰めた」。発火対策と利便性に加え、廃棄インフラとの連続性まで担保している点が、ネオリチウムの隠れた強みといえる。

この新セルを搭載した第1弾製品が、片手に収まるコンパクトさを保った「Anker Nano Power Bank(MagGo, Plus)」だ。

今後の展開について、猿渡氏の方針は明快だった。

「今回は第1弾だが、今後は段階的に切り替えていく。弊社の現在のバッテリーももちろん安全性高く製造されているが、普及が進んで想定していない使用方法も増えている。メーカーとしてそれを防ぐ意味で、徐々に切り替えていく。来年のしかるべきタイミングでは、基本的に日本で出すものはネオリチウムを中心に切り替えていく」

既存在庫があるため一斉移行とはいかないが、日本市場では新セルを標準にしていく構えだ。

もっとも、リチウムイオンに固執しているわけではない。「ポータブル電源ではリン酸鉄リチウムがポピュラーになってきて、うちもどんどん変えている。仮にリン酸鉄系の需要が高まれば、そこに合わせていく」。

原材料についても「既存のリチウムイオン電池と変わらず、現状は問題ない」と需給の安定に触れる。素材ありきではなく、商品やニーズに合わせて安全と利便性を両立できる最も良い選択肢を採る。

事故増加の背景にある「ユーザーの使い方の変化」

なぜ、ここまで安全に向き合うのか。背景には、市場そのものの変質がある。「昔はそんなに事故がなかったんですよね」と猿渡氏は振り返る。素性のよくわからない会社の参入が少なかったこともあるが、それ以上に大きいのが、ユーザーの使い方の変化だという。

「車のボンネットに置いたり、燃えるゴミに出したりする。それは熱や衝撃で燃えますよね。幅広いお客様に普及したからこそ扱い方が様々になっていて、それが原因で事故につながるケースも増えています」

釘を刺すような極端な使い方をする人はいないにしても、日常の扱いの中で起きる事故を、メーカーとしてどう防ぐか。新セルの開発も、その問題意識の延長線上にあると言う。

正しい廃棄方法を伝える啓発活動も

「すてる」フェーズの取り組みも、同じ文脈にある。同社は2026年2月、リチウムイオン電池の危険性と正しい廃棄方法を伝える啓発キャラクター「リイオンくん」を発表した。

リチウムイオン電池の英語表記「Li-ion」と、炎をまとったライオン、さらに語呂合わせの「144」をかけ合わせた商標登録キャラクターで、啓発目的に限り画像データを無償提供する。

全国の直営店「Anker Store」には使用済みの自社製モバイルバッテリーの回収ボックスを順次設置し、破損・故障品も下取りで受け付ける。

「ゴミ収集車が燃える事故も起きている。少しでもリーディングカンパニーとして解決したい」と猿渡氏。経済産業省や環境省とも連携を進め、自治体に啓発ポスターの掲出を働きかけているという。リサイクル素材を使ったケーブルにこだわるなど、細部にまで「すてる」への意識が及んでいる。

アンカーネオリチウムイオンバッテリーの特徴(画像:アンカー)
アンカーネオリチウムイオンバッテリーでは、まず多くの安全性テストをパスするようにリチウムイオンバッテリーとしての安全性を高め、その上でバッテリーが高温になったり異常が発生するとそれをすぐに検知して対応するバッテリーマネジメントシステム(BMS)を搭載。その上で万が一、発火しても火が鎮火しやすい難燃性素材を採用するなど徹底した安全性の配慮が行われている(写真:筆者撮影)
バッテリーを釘で刺し、それでも発火しないかを確認する最も難しい「釘刺しテスト」をパスしてしまうのがアンカーネオリチウムイオンバッテリーの凄さ。他の手段に逃げず、本質的問題が解決するまで努力を重ねたことで、他社には簡単に追いつけないアドバンテージを手にしたことになる(写真:筆者撮影)
アンカーネオリチウムイオンバッテリー技術で作られる最初の製品、「Anker Nano Power(MagGo, Plus)」。ケーブル、マグネット充電の両方に対応した人気のシリーズ。iPhone 17シリーズを約2回充電できる10000mAhの大容量製品で、約15mm薄型設計と1万1990円の手頃な価格を維持した(画像:アンカー)