公開日時:2026/08/17
赤字経営が当たり前のサッカークラブ運営で、初期は赤字に苦しみながらも、2022-23シーズンには黒字化を達成したクラブがベルギーにある。今夏のワールドカップに臨んだ日本代表にも、7選手を送り出してきたシント=トロイデンVV(STVV)だ。このクラブは、動画配信や電子書籍を手がける日本企業・DMMグループが経営する。それだけでなく、いまや200社を超える日本企業のスポンサー収入が、売り上げの最大の柱となっている。
前編では、STVVが日本代表選手の「登竜門」である姿を追った。後編で迫るのは、クラブを支えるもう一つの顔「黒字を生む経営」の仕組みだ。DMMグループがSTVVを経営して8年。STVVはなぜ、リーグで最高水準の財務体制を築けたのか。
2025年夏、シント=トロイデンVV(以下、STVV)は、16シーズンぶりにベルギー1部リーグ上位6チームによるリーグ戦「プレーオフ1」を3位で終え、来季のヨーロッパリーグの予選プレーオフの出場権を手にした。STVVが創設されてから102年の歴史で初めての快挙だ。
「日本資本が入ったサッカークラブが、欧州大会に出場するのは初めてのことです。現地のメディアやサポーターも非常に喜んでくれました。もともと、STVVの買収当初から『プレーオフ1に行く』ことを目標にしてきました。8年かかりましたが、まだ見ぬ景色を見ることができました。これからも楽しんでやっていきたいと思います」
そう語るのは、STVVのCEOである立石敬之氏だ。前編で「クラブ運営には、スポーツ面と財務面の両輪は切り離すことができない」と語ったが、言葉通り、2022-23シーズンには黒字経営も達成している。
STVVが、2022-23シーズンに黒字化を実現した大きな要因となったのは、日本企業のスポンサーの存在だ。STVVの売り上げ構成の最大の柱は、約40%を占める日本企業のスポンサー収入である。以下、移籍金、放映権収入、地元企業のスポンサー収入、チケット販売が続く。現在、日本企業のスポンサーは200社超に上るという。
ここで注目したいのは、DMMが買収した当時の2017-18シーズンには、日本企業のスポンサー収入はわずか2%だったことだ。日本企業のスポンサー収入が急増したのはなぜだろうか。
「STVVを買収した当時、収益の中心は移籍金でした。鈴木彩艶選手のパルマへの移籍金に代表されるように、移籍は大きな収益につながります。しかし一方で、移籍金は変動要素が大きく、クラブが安定して1部に残っていくには、選手たちにお金をかける必要があります。そこでスポンサー収入を増やせないかと考えました」(立石氏)
STVVのクラブ経営は、現地でマネジメントをするベルギー本社と、営業や広報を担当する日本支社から成り立っている。その日本支社では当初、サッカーへの思いが強い経営者や、DMMとのシナジーを感じる企業を中心に、ユニフォームや広告看板への社名掲出という一般的なスポンサー契約の獲得を行っていた。
「しかし、ユニフォーム掲出枠には限りがあります。何か違った形で、日本企業のスポンサーを集めることはできないかと考えました。STVVはベルギーのクラブであるため、日本のサッカークラブと違って、スタジアムの感動を体感してもらえる機会が少ないです。しかし、逆転の発想で、Jリーグのクラブが地域密着で商圏が決まるのに対して、欧州だからこそ、日本全国の企業からスポンサーを募ることができると考えました」(立石氏)
そこでDMMは、「オールジャパンで、STVVのプロジェクトを良くしていこう」という理念を打ち出し、ユニフォーム等にロゴは載らないが、手頃な金額で出資できる「コーポレートプラン」というスポンサー枠を新たに設けた。この営業を担ったのが、DMM本体の営業チームだ。国内で多くの事業を手がけてきたDMMの営業力が発揮され、コーポレートプランの賛同企業は90社を超え、なお増え続けているという。これが、STVVのスポンサー収入が増加する転換点となった。
「スペインのサッカークラブには『ソシオ』という会員制度があります。会員費によって、クラブを支える運営方法です。その発想と似ています。しかし、スポンサー企業が増えるにつれて、理念への賛同だけでなく、直接的なエンゲージメントが必要なのではないかと思うようになりました」(立石氏)
そこで、始めたのが、スポンサー同士が交流できる「ビジネス交流会」だ。現在は、月に一度DMMの本社などで交流会を開いている。
ビジネス交流会は、STVVをハブとして、スポンサー企業同士のビジネスマッチングが生まれる場になっている。2026年6月に行われた年次スポンサー報告会には178社319名が参加し、そのうち半数が役員以上の職位だったという。
財務の黒字化と並走して、現地組織の運営にも取り組んできた。個人主義が根付くベルギーで、日本的な経営を根付かせることは容易ではなかったという。特に、最初の2~3年は、ベルギーの国内法や従業員の気質の違いに戸惑いもあった。
「週38時間以上は働けない、祝日も必ず休まなければならないという法律があります。そのため、忙しい開幕前に社員が急に休むこともあります。さらに面談の場も日本とは大きく違います。日本では目標設定やどうスキルアップしていくかを話すのに対して、ベルギーの場合は条件面の交渉が多い。自分は100点満点の仕事をしている、というのが基本的な姿勢です」(立石氏)
この認識のギャップを埋めるために導入したのが、年3回の個人面談だ。面談では数値目標の設定を行い、細かなディテールまですり合わせをするようにした。日本企業では当たり前の取り組みを、丁寧に説明しながらベルギー本社にも浸透させてきた。
「完全に現地スタッフが納得しているわけではないかもしれませんが、少しずつ理解してもらえるようになってきたと感じています」(立石氏)
2020年にはコロナ禍も訪れた。ベルギーでは政府が国民の給与の70%を補償する措置を取ったが、STVVでは残りの30%をクラブが負担する選択をした。
「コロナ禍で収益が落ちている中、どのくらい続くかがわからなかったので不安もありましたが、スタッフに安心して働いてもらうためには必要な措置だと判断しました」(立石氏)
こうした決断が結果的に、現地スタッフや地元のサポーターからの信頼にもつながり、少しずつ絆が生まれていった。
そして、2022-23シーズンには黒字化を達成。先シーズンの2024-25は、債務超過も解消して経営体制が整っていったという。しかし、経営面が安定する一方で、クラブはピッチ上では2部降格のギリギリの瀬戸際にいた。